ナース漫画大賞2025 エピソード大賞
忘れられない看護実習(看護学生視点)
部門
大賞受賞作品

初めてのありがとう

受賞エピソード

看護学生最後の実習で受け持った患者さんは、80代男性、脳梗塞や認知症、麻痺により筋力が低下し、寝たきりであった。天井を眺めていることが多く、話しかけても目が合うことはない。毎朝挨拶に行くが毎回初めましての状態で、趣味や要望を聞いても「ない」の返答のみ、表情の変化も見られない。病棟の看護師でさえ表情の変化やコミュニケーションを図る姿を見たことがないとのことだった。

ある日、家族から阪神タイガースファンであったという情報を得たため、応援歌である六甲おろしの歌詞カードを作成し、歌い始めてみた。すると患者さんも一緒になって口ずさみ始め、徐々に患者さん目から大粒の涙が流れてきた。歌い終わるころには、病室に、指導者(学生担当の看護師)や教員だけでなく患者さんの担当看護師が集まっており、全員が涙組みながら拍手が巻き起こった。「流石!お上手ですね」と患者さんに声をかける、患者さんと始めて目が合い、麻痺が残る手をゆっくりと差し出してくれた。患者さんの手を両手で握り返すと、言葉を詰まらせながら「ありがとう…」と感謝の言葉をくれた。患者さんの手は麻痺があるのにも関わらずとても力強く、そして温かかった。

始めて患者さんの表情の変化があったこと、「ない」意外の言葉を聞いたこと、麻痺のある手で私にエールを贈るかのように力強く手を握ってくれたこと…自身の看護で患者さんの日常に変化を与えられたことを実感した。改めて「看護」という素晴らしさを感じ、改めて看護師になる決意が固まった。患者さんに寄り添い、温もりを与える看護師になりたいと感じた。