ナース漫画大賞2026 エピソード大賞
忘れられない患者さん(看護師視点)部門
大賞受賞作品

自宅に帰りたいと
切望する
患者さん

エピソード提供者
きーちゃん さん

受賞エピソード

数年前のこと。私は脳卒中科の病棟で働いていました。そこに75歳位の女性の患者さんが脳梗塞で入院してきました。彼女は、大腸がんを患っており、予後1年程度と言われていました。ターミナルにはならない、少し微妙な期間です。脳梗塞のため、嚥下障害が出ており、食事もゼリー状の物しか食べられない状態でした。もちろん水分にもとろみが必要でした。少し右側に軽度の麻痺が出ており、トイレもポータブルトイレに一部介助で移乗していました。彼女は帰りたい、予後1年なのだから好きにしたいが口癖でした。彼女の夫は80歳くらいの高齢で、毎日お見舞いに来ていました。普通ならリハビリの病院に転院かなと考えていました。この夫婦に子供はおらず、親戚もいない方でした。

食事も進まない彼女に、毎食全介助で食事を勧めていました。しかし彼女は食べません。食べても1割程度です。私は、「食べたいものは何?何なら食べられる?」と聞きました。彼女は「オロナミンCならいくらでも飲める」というのです。主治医に許可をもらい、ついているのかわからないようなとろみをつけて、リハビリと共にオロナミンCを飲みました。すると彼女は「生き返る」と言いながら、どんどん飲んでいくのです。そして「帰りたい」とつぶやくのです。夫はその姿を見て、「そうだな」と悲しそうに言いました。

ある日面会を終えた夫から私は呼び出されました。そして「看護師さん、わしができる限り頑張るから、なんとか家に帰れないかな」というのです。80歳と高齢の夫に介助ができるのか、食事もほとんど食べれていないのにという思いもありました。しかし私は夫の真剣な言葉と本人の強い意志にどうにかならないかなと考えている自分に気づいたのです。

私は夫に「頑張ってみます。」と伝えました。病棟スタッフ、MSW、主治医にその話をすると、みんなが「あの強い意志に負ける。予後1年。長いようで、短い。どうにか本人と家族の希望を叶えられるように頑張ろう」と言いました。私は本人の所に向かいました「旦那さんが、帰らせてあげたいと言っていました。私たちも帰れるようにどうにか頑張ってみようと思います。できる限り最短で頑張ります。それまでしっかりオロナミンCを飲んで頑張ってくれますか?」と伝えます。彼女は顔を上げて「私も頑張る。お願い、私を家に帰らせて」と言いました。彼女は、頑張ってオロナミンCやゼリーなどを食べてくれるようになりました。また足りない分の点滴もさせてくれました。

みんなが各分野で頑張りました。緊急で介護保険の申請、ケアマネ、訪問診療、訪問看護、ヘルパー等と連絡を取り、最短で退院支援カンファレンスを行いました。在宅で介入してくれるスタッフは、高齢の夫とこの状態の妻をみて、これはかなり大変だと思ったようです。しかし頑張って支えますと言っていました。私はもしかすると、やはり無理だったと病院に帰ってくるかもなと思いましたが、本人と夫の笑顔に、それでも本人と夫の思いを1度叶えるのも、まあ、良いかと思いました。

彼女と夫は、満面の笑顔で「ありがとう」を繰り返しながら退院しました。数日後元気にしているのかなと思っていた私やスタッフのもとに意外な報告が届きました。彼女は自宅に帰った3日後突然亡くなったという報告でした。早朝起きた夫が声をかけると返事がなく、眠るように亡くなったとのことでした。びっくりしたという思いが強かったのですが、なぜか彼女の退院時の満面の笑顔が浮かび、彼女らしいなと感じました。オロナミンCをみるといつも彼女と夫の笑顔を思い出します。

※エピソードは個人が特定されないよう改変しつつ、できるだけ元のニュアンスが変わらないよう固有名詞も記載しています。ご了承ください。